【連載スパイ防止法G】
「正当な取材」は合法/西山事件・最高裁判決の教訓
スパイ防止法などと言うと、マスメディアの中には「報道・言論の自由が侵害される」と反対する人がいます。新聞記者は情報を探知、収集するのが仕事なのに、それが弾圧されかねないと言うのです。しかし、前回見たように正当な取材活動は一切妨げられません。
スパイ防止法案(自民党案=1987年)には第13条に解釈適用としてこう規定しています。
「第一三条 この法律の適用に当たっては、表現の自由その他国民の基本的人権を不当に侵害するようなことがあってはならない。
2、出版又は報道の業務に従事する者が、専ら公益を図る目的で、防衛秘密を公表し、又はそのための正当な方法により業務上行った行為は、これを罰しない」
このようにスパイ防止法は、法律全体の解釈適用を規定し、表現の自由と基本的人権を守り、出版・報道機関の自由な活動を保障しています。ただし、このような条文はスパイ防止法案だけにあるのでなく、言論に関わる法律にはすべて「解釈規定」があることに留意してください。
ところが、反対派は「わざわざこんな『解釈規定』を設けなければならないほど、スパイ防止法は言論の自由を侵害する恐れがあるという証拠だ」などと、13条を逆手にとって反対します。
■取材が誘導的それでも容認
しかし、これは言いがかりです。戦後、立法化に際して、言論の自由に関わる法律、たとえば売春防止法、軽犯罪法、MSA(日米相互防衛援助協定等に伴う)秘密保護法、破壊防止法などにはいずれも「解釈規定」が設けられているからです。スパイ防止法だけが例外ではありません。
また、こんな心配もあるとします。正当な活動は妨げられないと言っても、新聞記者が通常行っている活動、たとえば「深夜までねばって聞きだそうとする行為」なども社会的通念上妥当ではないと判断され、「不当な方法」とされないのか―。しかし、そんな心配は一切ありません。
最高裁は報道・取材の自由について、次のような判決を下しています。
「報道のための取材の自由は、報道の自由を表現の自由のうち特に重要なものとして保障する憲法二一条の精神に照らし十分尊重されるべきであって、国政に関する取材行為は国家秘密の探知という点で公務員の守秘義務と対立拮抗するものであり、誘導・唆誘的になることもあるから、報道機関が取材目的で秘密漏示をそそのかしても、それだけで直ちにその行為の違法性は推定されず、手段方法が法秩序全体の精神に照らし相当なものとして是認される限りは、実質的に違法性を欠き正当業務行為というべきである」(最高裁第一小法廷決定=1978年5月31日)
これはいわゆる西山事件での最高裁判決です。取材活動が誘導的あるいは唆(そそのか)すようなことがあっても、それが真に取材目的なら報道の自由に最大限に配慮して取材活動の正当性を認めるというのです。
西山事件とは72年3月、沖縄返還に際して4百万ドルを日本が肩代わりするとの日米密約を社会党(当時)代議士が暴露したのが発端で、毎日新聞の西山太吉記者と外務省の女性事務官が機密文書漏洩の疑いで逮捕された事件です。
当初、新聞は「国民の知る権利」を主張して西山記者の行動を正当化しました。ところが、西山記者が女性事務官を「ホテルに誘ってひそかに情を通じ、これを利用」(起訴状)して機密文書を入手していたことがわかると批判に転じ、毎日新聞は結局、西山氏を休職、編集局長を更迭しました。
■不当な方法は今も処罰対象
西山記者の場合、機密を手に入れたのは真に報道目的だったのか疑問を持たれたのです。と言うのも機密入手は前年のことで、これを毎日紙上でスクープせず(71年6月にそれを臭わせる記事は書いていたが)、社会党代議士に渡して政治問題化を狙ったのです。
しかも不倫による入手で女性事務官は「騙された」として自首しました。こういう場合、「知る権利」の論外だとして、前記の最高裁判決は次のように言います。
「それが真に報道の目的から出たものであり、その手段や方法が法秩序全体の精神に照らし相当なものとして社会観念上是認されるものである限りは、正当な業務行為というべきであるが、その方法が刑罰法令に触れる行為や、取材対象者の個人としての人格の尊厳を著しく蹂躙する等、法秩序全体の精神に照らし社会観念上是認することのできない態様のものである場合には正当な取材活動の範囲を逸脱し違法性を帯びる」
ですから、何もスパイ防止法がなくても「不当な方法」による取材活動は現在でも容認されていません。スパイ防止法ができれば報道の自由が脅かされるというのは根本的な間違いです。
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