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  2007-07-1 パレスチナ情勢

パレスチナ情勢

過激派ハマス ガザ乗っ取る

「ロードマップ」破綻

中東和平 新たな段階に

 

【ポイント】

 パレスチナは自治政府が始まって以来、最大の危機に瀕している。それは長年対立してきたイスラエルではなく内部対立によってもたらされた。イスラム過激派ハマスがパレスチナのガザ地区を軍事制圧したため、パレスチナ自治区はアッバス議長が率いるファタハ支配のヨルダン川西岸とハマス支配のガザ地区に事実上、分裂した。ハマスの支配を許せば、ガザが対イスラエル攻撃のみならず国際テロの拠点と化し、さらにレバノンの過激民兵組織ヒズボラとも連動し、中東全体を揺るがず事態になる。イスラエルのガザ軍事侵攻は必至の情勢だ。

 

【本文】

 パレスチナでは03年4月、中東和平の工程表「ロードマップ」に基づき、イスラエルとパレスチナが共存に向かって歴史的一歩を踏み出した。紆余曲折があったが、0411月にアラファト議長が死去。その後継に穏健派で和平推進派のアッバス氏が就任、05年1月のパレスチナ自治政府議長選挙で6割を超える圧倒的支持を得たことで中東和平が大きく前進すると見られた。

だが、「イスラエル殲滅」を掲げる過激派組織ハマスが「ロードマップ」にある停戦合意を守らずテロ攻撃を重ね、イスラエルとの戦闘が止まず、さらに06年1月のパレスチナ評議会選挙でハマスが圧勝、同3月にハマス内閣が発足して和平は大きく後退した。

このため米欧が援助停止を表明し、パレスチナではファタハとハマスの武力衝突が頻発するようになった。同9月に両派が連立政権樹立で合意したものの、その後、協議が難航。今年に入ってサウジアラビアが間に入り3月に連立政権がようやく樹立された。

だが、ファタハのアッバス議長とハマスのハニヤ首相の二重権力状態が続き、ハマスは治安指揮権をハミヤ首相に移すことを主張、圧倒的影響力を持つガザでファタハ系自治政府治安部隊を襲撃し、6月13日までにガザ地区を軍事支配してしまった。

ハマスはガザに前ハマス政権時に作ったハマス系治安部隊(約6000人)とハマス軍事部門「カッサム隊」(約1万5000人)の2万人以上の軍事組織を持ち、一方のファタハはヨルダン川西岸を中心に自治政府治安組織(6〜7万人)と「アルアクサ殉教者旅団」など武装勢力(約2万人)を擁している。

数ではファタハが圧倒しているが、ハマスは密かにイランやシリアから武器を手に入れているうえ、指揮も高い。

 

■「イスラエル殲滅」目指す

ファタハ系の自治政府とハマスはどこが違うのかと言うと、自治政府は内では政教分離の世俗的政権、外ではイスラエルとの二国共存の親米欧政権を目指す中東和平派であるのに対して、ハマスは政教完全一致を目指し、ガザでは警察施設もモスクにすると主張、「イスラエル殲滅」を掲げ米欧に敵対している。

言ってみればハマスはアフガニスタンの旧タリバン政権の形態に近く、こうした政権の登場を大半のアラブ諸国も願っていない。

当然、米EUともガザのハマス支配にノーを突きつけている。イスラエルはハマスとの一切の対話を拒絶しており、ハマスがガザ地域を支配し続ければ、軍事侵攻を決断することになるだろう。

このためアッバス議長は非常事態を宣言、6月17日には両派に属さない独立系で経済通のファイヤド氏を首相に任命、非常事態内閣を発足させガザ対策に乗り出した。米EUとイスラエルはいち早く同内閣を支持し、経済援助を速やかに行なうとしている。

とりわけ米国は自治政府の治安組織作りに協力し、ハマスを押さえ込む軍事力整備に全面協力する構えだ。だが、アッバス議長とハマスとの溝は埋まりそうになく、結果的にイスラエルの軍事力が頼みの綱と言ってよいだろう。

 

■イラク戦争の米軍苦戦に因

今回の動きは、米国のイラク戦争と連動しているのは言うまでもない。

そもそも故アラファト議長が90年代にイスラエルとの対話に転じたのもイラクでの湾岸戦争が理由だった。湾岸戦争でサダム・フセインが影響力を低下させたため、アラファト議長は対話に応じざるを得なくなり9110月のマドリード会議、ノルウェーの仲介によるオスロ合意を経て93年9月、ヨルダン川西岸とガザでのパレスチナの暫定自治を認める宣言に調印した。

 ところが、95年にラビン・イスラエル首相が暗殺されると、パレスチナ和平は停滞。ここで再び転機となったのが、米国によるイラク戦争だったと言ってよい。

PLOやパレスチナ過激派はイラクのフセイン政権から多大な支援を受けていたが、そのフセイン政権が消滅。アラブ諸国内で過激派に資金提供を行う国がほとんど存在しなくなったからだ。それでアラファト議長は03年に「ロードマップ」を受け入れた。

05年には内戦監視を口実に29年間もレバノンに駐留していたシリアが撤退し、レバノンに反シリア政権が登場すると中東和平はさらに前進すると見られた。だが、これに反発する過激民兵組織ヒズボラがイスラエルへのテロやロケット弾攻撃を活発化させた。

とりわけイラクで米軍が苦戦していることが鮮明になってくると、06年夏頃からパキスタンやシリア、イエメンからも過激派がヒズボラに加わり、シリアやイランから得た豊富な武器でイスラエル攻撃を始め、レバノン騒乱が巻き起こした。

そうした流れの中でハマスの今回の行動があると見ておかねばならない。

 

■根が深く変遷した紛争背景

要するに、今回のパレスチナ分裂の根は深いのだ。国際社会もパレスチナ自治政府も和平への基本軸をイスラエルとの二国共存に置いているが、それを認めないイスラム過激派勢力との抗争と言ってよいだろう。

 それは第二次大戦直後から始まる。1947年2月、パレスチナ問題の解決は誕生間のない国連に委ねられ、同年11月にパレスチナをアラブとユダヤの二つの国に分割し、エルサレムとその周辺を国際管轄下に置く「パレスチナ分割決議案」を採択。翌48年5月14日、イスラエルは国連決議に基づき「ユダヤ民族の天賦の歴史的権利」を唱え建国宣言した。

その結果、パレスチナに住んでいた数10万人ものアラブ人は難民となり、その指導勢力となったのがPLO(パレスチナ解放機構)だった。だから当初はアラブ諸国もイスラエル建国を受け入れず中東戦争が勃発した。

これに対してイスラエルは67年の第3次中東戦争でヨルダン川西岸やガザを占領、その領土を建国当初の4倍に拡大した。これが今日のパレスチナ問題の「禍根」となっている。だが、イスラエル殲滅を目指す勢力がいる限り、イスラエルは拡大領土を簡単に手放すわけにはいかない。今回のハマスのガザ制圧によってここ危機感を深めたに違いない。

それだけに今後、イスラエルはイスラム過激派勢力と徹底的に対峙していくだろう。加えてパレスチナの内部抗争である。これで中東和平は新たな段階に入ったと言えるだろう。

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