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  07-09-01 アフガン.パキスタン情勢

パキスタン情勢

揺らぐムシャラフ政権

タリバン、首都にも浸透/南アジアの危機深まる

 

【ポイント】

 パキスタン、アフガニスタン情勢が緊迫の度を強めている。アフガニスタンではタリバン勢力が攻勢を仕掛け、政府軍と多国籍軍で犠牲者が相次いでいるほか、7月には韓国のキリスト教系ボランティアが誘拐され、牧師らが殺害された。タリバン勢力の攻勢はパキスタン北西地域がタリバンや国際テロ組織アルカイダによって“聖域化”されているからだ。パキスタン国内でもモスク占領事件が起こるなどイスラム原理主義の浸透が著しく、ムシャラフ政権への批判も噴出、南アジア情勢はにわかに流動化してきた。

 

【本文】

 アフガニスタン情勢をまず、整理しておこう。

1979年末にソ連がアフガン侵略、傀儡政権を樹立したが、これに対してイスラム神学生らがゲリラ戦で抵抗、ここに世界からムジャヒディン(イスラム戦士)が結集し反ソ戦を展開した。この神学生らの一部が過激なイスラム原理主義勢力として成長し、タリバンとなった。

タリバンはソ連崩壊後の1996年、首都カブールを制圧し、ほぼ全土を手中に収めた。イスラム原理主義政策を強要して恐怖政治を敷き、またウサマ・ビンラディンら国際テロ組織を庇護した。ここを足場に国際テロ組織アルカイダが勢力を伸ばし、9・11事件に至ったわけだ。

このため米国は対アフガン戦争を発動して01年、タリバン政権を放逐。04四年に国際社会の後押しでカルザイ大統領が就任し、穏健派政権が樹立された。現在、NATO(北大西洋条約機構)が主導するISAF(国際治安支援部隊)に合計37カ国から約3万5千人が派遣され、治安維持任務にあたっている。

ところが、タリバンは南東部のパキスタン国境地帯を足場にこのところ、勢力を盛り返し、政府軍や支援部隊への攻撃を強めてきた。外国人を人質にとって拘束中のタリバン兵の釈放や身代金を要求するようになったのは03年秋以降で、今回の韓国人誘拐を含め15件発生している。

特に今年3月にはイタリア人記者が誘拐され、アフガン政府は拘束中のタリバン幹部と交換釈放したが、これに味を占めたタリバンが誘拐戦術を繰り返し、韓国人誘拐とは別にドイツ人も誘拐、タリバン兵士との身柄交換材料としている。人質交換に応じれば、さらなる誘拐事件を招くのは必至で、このためアフガン政府は柔軟姿勢を求める韓国の要請を突っぱねているわけだ。

 

■タリバン支援する部族地域

では、このアフガン情勢にパキスタンはどう関わっているのだろうか。

タリバンが攻勢を強める背景には、パキスタンの原理主義勢力の支援がある。ここがアフガン情勢の難しさと言える。もともとアフガンがソ連支配に陥って以降、もっともアフガンに関わってきたのはパキスタンだ。

パキスタンがムジャヒディンの後方基地になってきたのは、地政学的にここを抑えておかねばインドとのバランスを保てないことと、アフガンの最大民族がパキスタンと同じパシュトゥン人だからだ。

 ジアウル・ハク大統領時代(77年〜88年)にアフガン難民キャンプにゲリラ訓練基地を設置し、ソ連との戦いを「聖戦」化させた。それを支えたのはイスラム教のマドラサ(神学校)で、マドラサの一部でイスラム原理主義者が勢力を伸ばし、タリバンを形成するに至った。

これにはパキスタン軍の情報機関「統合情報部」(ISI)が積極的に支援したとされる。その意味でタリバン出生地はパキスタンと言ってよい。

 ハク大統領が88年に飛行機事故で死亡し、ブット女史が首相に就任したが、99年にムシャラフ陸軍参謀長がクーデターで政権を奪取(ハク大統領も同様だった)、01年には大統領に就任した。同大統領はアフガンのパシュトゥン人、タリバンへの支援を続けていたが、9月の同時テロ事件で米国に迫られて対テロ戦に参戦し、親米路線に舵を切った。

それ以降、ムシャラフ政権はタリバンとの関係を切り、これを支援するマドラサへの圧力を強めていった。

パキスタンの親米路線は米国から莫大な軍事援助を得ることでムシャラフ大統領の基盤である軍部の強化に役立ったものの、米国のイラク戦争が長引き、イスラム圏の反米機運が高まっていくと、マドラサの多くが反米化し、中にはタリバンや国際テロ組織の活動家を支援したり、匿ったりするところも出てきた。

こういう背景のもとでアフガンではタリバンが息を吹き返し、ロンドン同時テロ事件(05年)では実行犯がマドラサに関わっているなど、パキスタン出身の国際テロリストが多数現われるようになったのだ。

 

■モスクが過激勢力の温床に

ムシャラフ政権はタリバンの隠れ家となっている部族地域の対テロ軍事作戦を何度も実施したが、同地域の部族はタリバンと同じパシュトゥン人であるためタリバンを擁護し、逆に武装勢力を増やす結果を招いた。このためムシャラフ政権は昨年秋、融和政策に転じ部族地域の指導者と和平協定を結んだが、これによって逆にタリバンはますます勢力を拡大させていったのだ。
 しかも、タリバン支持勢力は部族地域から首都イスラマバードまで拡大。そんな中で今年7月に首都イスラマバードの「赤いモスク(ラール・マスジード)」で篭城事件が起こった。

このモスク(礼拝所)はタリバンと関係の深い宗教指導者アジズ師らが運営しており、今年初めに公有地にモスク施設を建設したため市当局と対立、7月上旬に武装した学生が警官を銃撃し、モスクに立てこもって抵抗。陸軍特殊部隊が突入し学生らに多数の犠牲者を出した。モスク内にはアルカイダらの国際テロ組織の関係者もいたとされる。

同事件はパキスタンのモスクやマドラサがタリバンや国際テロ組織の温床となっている現実を見せつけたと言える。そこでムシャラフ政権は過激派封じに強権を発動させようとしているが、これには国内の反発が強く、7月以降、ムシャラフ大統領の支持率が急降下、世論調査では再選不支持が65%を達し、ムシャラフ離れが広がってきた。

ここにきて秋に予定されている大統領選の行方が混沌としてきた。ムシャラフ大統領は権力基盤を強めるために陸軍参謀長を兼任しているが、野党はこれを軍独裁と反発、さらにイスラム原理主義勢力の台頭で、大統領選、さらにそれに続く下院総選挙の行方がわからなくなってきた。

パキスタン情勢の流動化はアフガン情勢も巻き込き、米国の対テロ戦に多大な影響を与える。忘れてはならないのは、パキスタンはイスラム圏唯一の核保有国ということだ。ムシャラフ政権はインドとの関係も改善させてきたが、それも揺らぐことになる。南アジア情勢が流動化すれば、イスラム圏にまで波及するのは必至だ。

中東に加えてもう一つの世界の火薬庫、南アジアがきな臭くなってきた。当面、パキスタン情勢から目を離せない。

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