未然防止の規定も/実害を減らし国を守る
引き続きスパイ防止法案(自民党案=1987年)の罰則規定を見ていきます。
不当な方法で防衛秘密を探知・収集した者と防衛秘密を取り扱うことを業務としている、あるいはしていた者がその業務によって知りえた防衛秘密を漏らしたときの罰則については、すでに6条で見ました。
では、防衛秘密の取扱者以外で業務によって知得した者が防衛秘密を漏らした場合はどうなるのでしょうか。それを7条でこう規定しています。
「七条 前条第二号に該当する者を除き、業務により知得し、又は領有した防衛秘密を他人に漏らした者は、五年以下の懲役に処する」
■偶然の知得は一切罰しない
前条第二号に該当する者というのは、防衛秘密の取扱者のことです。それ以外で業務によって防衛秘密を知り得る者とは、どのような人を指すのでしょうか。それは以下のような人のことが想定されています。
@捜査官がこの法律の違反被疑事件の捜査上、防衛秘密を知得した場合
A国会議員が秘密会で防衛当局の説明を受けた場合
B財務省主計官が防衛当局の予算の説明を聞いた場合
Cこの法律違反被疑事件担当の弁護人が知得した場合
Dタイピストなどが秘密事項のタイプや製版を依頼されて知得した場合
このような人が、防衛秘密の取扱者以外で業務によって防衛秘密を知り得ると考えられているわけです。こうしたケースでは漏示罪が適用されることになります。
ここで気をつけてほしいのは、偶然に防衛秘密を知り得た場合は罰せられることはないという点です。偶然のよる、とは次のようなケースです。
@出版・報道関係者が取材活動で秘密を知った場合
A捜査官がこの法律違反被疑事件以外の事件の捜査中にたまたま知得した場合
B国会議員が単なる視察中たまたま知得した場合
C防衛庁の高官の運転手が車中で話を聞いた場合
Dその他(たとえばカバンを拾ったら、その中に防衛秘密があった場合など)
こういうケースでは罰せられることはありません。つまり、スパイ防止法は「業務によるもの」のみを漏示罪で罰し、「偶然によるもの」については一切罰しないということです。
むろん、一般国民は業務によって防衛秘密を知り得る立場にありませんし、それに「偶然」それを得て他人に漏らしても処罰対象にはならず、スパイ防止法の対象外ということです。
このほか、4条以下で罰せられる「外国への通報目的のスパイ行為」や「不当な方法による探知、収集」に対して、その罰則として未遂罪(第8条)、防衛取扱者の過失罪(第9条)、陰謀罪、教唆罪、煽動罪(以上、第10条)、自首減免(第11条)が設けられています。
未遂罪は殺人罪などの重い犯罪のみに認められていますが、スパイ行為は1億2千万人の生命と財産を外国に売り渡す行為ですので、すでに他国の例で見たように重罪として臨みます。未遂罪を設けることによって未然防止を図ります。
また過失罪は、たとえば電車にうっかり防衛秘密の書類を忘れて漏示した(防衛秘密は厳重管理されているので、ふつうは考えられませんが)といったケースですが、防衛秘密取扱者の注意義務違反が問われてしかるべきでしょう。
陰謀とは犯罪を実行するという明確な目的をもって二人以上の者が合意すること、教唆とはそそのかすこと、煽動とはあおることをいい、いずれも他の法律でも規定があり、スパイ行為を防止するために必要と考えられます。自首減免は自首すれば刑を軽くすることで実害を未然に防ぐ有効な規定です。
■反対派の主張、根拠なく論外 これらについて反対派は「マスコミが防衛秘密に関する編集会議をもったり、政治団体が宣伝活動について打ち合わせをしたりすれば、陰謀罪が成立しかねない」とか「教唆や煽動は検挙の口実に使われる可能性がある」といった批判を繰り返しています。
こうした批判はまったく的外れなものです。マスコミの編集会議や政治団体の宣伝活動の打ち合わせは、防衛秘密を外国に通報する目的や不当な方法で防衛費秘密を探知、収集するために行われるものではないのですから、そもそも陰謀罪、教唆罪、煽動罪は成立しませんし、いわんや口実に使われることもあり得ない話です。
繰り返しになりますが、スパイ防止法の罰則規定はすべて「外国通報の目的」をもっているか、あるいは「不当な方法」によるものという大前提があるのです。反対論はこの大前提を省いて、あたかも一般国民が処罰されるといった不安を煽っているのです。
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