中国・全人代/民主なしで腐敗・汚職蔓延
「物権法」もザル法に/農村を専横する共産党
【ポイント】
「和諧(調和のとれた)社会」を標榜する胡錦濤政権は3月に開催された全国人民代表大会(全人代=国会)で私有財産を保護する「物権法」を制定した。これによって宅地や農地の私有が事実上、容認されることになり、政府の権力乱用による不法開発などに歯止めが掛かり、安定した経済発展が可能になると宣伝されている。だが、それは所詮、共産党の手のひらの上だけの話だ。全人代では懸案の政治改革にまったく触れず、一党独裁体制が不変だからだ。「腐敗大陸」と化した中国で貧富の格差は広がるばかりで現状は「和諧社会」にほど遠い。
【本文】
経済発展の著しい中国では、発展を利用した共産党幹部の汚職も激増している。都市近郊では党幹部は農民を土地から立ち退かせて造成地を作り、ここに外国企業を誘致、莫大な賃借料を懐に入れ、子弟や親族に起業させて外国企業と合弁させるなど、あらゆる手を使った汚職でぼろ儲けしているのが現状である。
共産党の「権銭交換」(権力と金を交換する)は党支部書記、市長、金融・税関などあらゆる組織に広がり、今や一大汚職ネットワーク化している。その実態を湖北省の郷(最小末端行政組織)党支部書記だった李昌平氏は次のように告発している。
―農村の末端地域では共産幹部は不法税収や横領、公共物の無断占有、公金流用で飲み食い・娯楽・賭博にうつつを抜かし、一人が権勢を得ると、その一族郎党までも出世する。子弟や親族の職を確保するために次々に行政組織を作り、それら経費は農民から税金として取り立てる。
―このため農民は税金を払うために高利貸し(それも共産党幹部が運営=年利40%など)から借金をくり返し、女子は中学も卒業しないで出稼ぎ(売春)に行き、その収入で税金を納めている(『中国農村崩壊』李昌平著・NHK出版)。
■絶対的貧困は2千万人以上
これが9億人の暮らす中国農村部の偽らざる実態である。そればかりか、ほとんどの農民は医療保険とは無縁で、重病になって医療を受けるにも年収の2倍も要する「看病貴」(高額医療費)だ。それで結局、「看病難」(病気になっても医者にいけない)となって死を待つだけとなっている。
中国報道では上海など一部の沿海地域の派手な経済発展ばかりが宣伝されるが、都市と農村の貧富の所得格差は広がるばかりなのだ。公式値によれば現在の格差は3・21倍だが、実際は5〜10倍。衣食住の困難をきたらす「絶対的貧困層」は2千万人以上にのぼると見られている。そればかりか都市部には1億3千万人の民工(出稼ぎ労働者)が搾取され、あるいは一方的に解雇されて生活苦に陥っている。
このため06年1年間にデモなどの抗議行動は全国で11万2千6百件発生し、延べ1千2百万人が参加したといわれる。土地の強制収用への反対行動は公安省発表だけでも昨年1〜9月に1万7千9百件に達している。
その一方で腐敗・汚職は相変わらずだ。全人代での中国最高人民検察院(最高検)報告によると、06年に汚職犯罪で3万3千6百68件を摘発し、約3万人を起訴したとしており、その大半は公務員だった。大型汚職事件(収賄額百万元=約1千5百万円以上)は6百件を越え、閣僚級6人、中央・地方局長級2百2人が検挙された。
昨年9月に上海閥の陳良宇政治局委員が社会保障基金をめぐる汚職事件で上海市党書記職を解任されたほか、王守業・人民解放軍海軍前副司令官の公金横領・収賄事件(約1億6千万元=約24億円)、邱暁華・国家統計局長の現金受領事件などが発覚している。
また国有財産売却などの不正取得で約1万人、貧困対策・農業補助金横領で約3千8百人が検挙されている。ただし、上海閥の摘発が権力抗争と見られているように、こうした汚職事件も“権力的配慮”が働いており、摘発されるのは氷山の一角と見られている。
■法を自由自在に運用できる党
こうしたことから人民の不満・怒りは高まるばかりなのだ。これを解消しなければ胡錦濤体制のみならず共産党の一党独裁体制も脅かされる。そういう危機感をもとに全人代が開催されたと見てよい。
温家宝首相は3月5日の政府活動報告で特に「大衆が不満を抱えている分野が残っている」と言及し「民衆生活の改善」と「公平と正義の実現」を強調したのはこうした背景からだ。
この一環で「物権法」が成立した。同法は所有権や建物、土地の使用権に関する基本ルールを示すもので、私有財産の不可侵と明記し、農地収用に際しての補償金支払いや耕地や住宅地の使用権の継続を認め事実上、土地私有を容認した。これによって土地の強制収用に伴う紛争の減少が期待される。また耕地や住宅地の使用権の延長が認められ“転売”も可能となったので、安心して農業や生活ができるのも事実だろう。
だが、問題は物権法が適切に運用されるかだ。前述の末端行政組織の実態からも明らかなように、地方の行政も司法もすべての権力を共産党が握っているのだ。当然、物権法の運用も地元の共産党の腹ひとつで決まる。それが党独裁の意味である。
だから全人代の開催中、全国から直訴状を手にした農民らが大挙、北京に押しかけた。地元では埒が明かないので、中央に直訴して解決せざるを得ないからだ。だが、こうした直訴者も大半が拘束されてしまう。そこで農民や民衆約1千人が直訴者を拘束する根拠となっている労働矯正制度の廃止などを求めた署名を全人代に提出する事態も起こっている(北京3月3日時事電)。
いずれにしても中国民衆の身近な地域で公正・民主の監視システムが存在しないから、地元共産党幹部らのやりたい放題なのだ。つまり、民主化されていないのが中国社会の致命的欠陥なのである。これではいくら物権法を作ってもザル法に陥るのが関の山だろう。
また温家宝首相は政府報告で「三農(農業、農村、農民)」問題では最低生活を保障する制度を整備するとし、農村地域に3千9百17億元(約5兆9千億円)の巨額を投入して基盤整備を行なうと胸を張った。しかし、こうした巨額投資も末端の共産党幹部の新たな利権になりかねない。地域で運用を監視するシステムがまったくないから巧妙な利権食いに大半が使われると危惧されている。
とまれ政治改革・民主化を棚上げにし、一党独裁にしがみつく中国共産党政権下では矛盾が拡大する一方である。
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